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6月の鋼さん誕生日に合わせて書いていた小説をあっぷっぷ。
良くあるベッタベタな勘違い展開ですが、最後は丸く収まってハッピーハッピーバースデーな感じです。ただのいい人荒船さんにも友情出演していただきました。
11巻読むと改めて、鈴鳴第一と鋼さんと荒船さんの描写良いなぁ…としみじみあったかくなります。良い関係性だなぁ。
鈴鳴はアットホームな感じで愛しくなりますね。お互いの誕生日祝い妄想とか膨らむ。何となく彼らにはユニセックス感を覚えていたのですが、これは家族っぽい感じがそうさせるのかな、と最近思い始めています。

ちょいちょい書いたり描いたりしていた作品群も、スパーク終わったらいい加減サイトにまとめたいなぁとも思っていますが。また原稿やりたいのあるしどうなるかー。
サイト型式はアーカイブ面でも自分が便利なので、続けていきたいんですけどねぇ。


小説本文は以下「つづきはこちら」からどうぞー。




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 村上鋼が鈴鳴支部の中に入っていくと、扉を隔てた向こうの部屋から話し声が聞こえてきた。
「……私は、こっちの方が良いかな…と…」
「…うん、じゃあそっちにしようかな」
 オペレーターの今結花と、隊長の来馬辰也の声である事を認識する。
「え、良いんですか?何か…私が勝手に決めちゃうのも」
「いやあ、大丈夫だと思うよ。今ちゃんのセンス、良いなあと思うし」
 何の話をしているかまではわからない。ただ二人が先に来ているのだなと感じただけの村上は、その会話の内容には大して注意を払っていなかった。
「……そうしたらさ…今度、一緒に――」
 だから、その流れを遮るつもりも毛頭なかった。
「お疲れ様です」
 村上は部屋の扉を開けて、いつものように挨拶をした。



「うわっ!?こ、鋼!?」
 来馬がやけに驚いた調子で村上を迎える。
 その反応に、村上の方こそ虚を衝かれたような表情を見せた。
「……どうしました?」
「え、いや……今日は早いね、鋼」
「?そうですか?」
「う、うん…そう、かな……?」
 村上の不思議そうな問いかけに、来馬はどうも落ち着きがなく歯切れの悪い返し方をする。
 それが却って村上の謎を深めた具合でもあったが、しかし自分が気付かないだけで会話の流れとのタイミングでも悪かったのだろう――と、それ以上に気にかけたりはしなかった。
「あ、私、お茶いれてくるわね」
 今が言って、いそいそと席を立つ。お茶をいれてくれるのはいつもの彼女の気の利いた行動であったが、心なしかその声音も若干うわずっていたような印象もある。
 残った来馬もそそくさと「あ、ここも片付けないとなあ…」と、テーブルに広げていた小冊子を慌ただしくまとめていく。そのまま来馬が冊子を抱えて別室へ置きに席を外すと、元々他に何も置いていなかったテーブルの上はきれいさっぱり物がなくなった。


――何だか妙な空気だな、と村上は感じたが。
 やがて隊員の別役太一もやってくると鈴鳴支部はいつもの賑やかさを取り戻し、村上が抱いた僅かな違和感はすぐに消散していった。


   *   *   *   *   *



 それから何日か経ったとある日。鈴鳴支部には、村上と来馬の二人がいた。
 この日は非番の日曜日であるが、村上は先の大規模侵攻以降、特に私用がなければ自発的に支部に詰めている事が習慣になりつつある。大学生の来馬は元々空いた時間を支部の中で過ごす事が多く、この日も両者は思い思いの形で過ごしていた。
「ちょっとこれから、本部へ行ってこようと思います」
 村上が来馬に声をかけ、出掛け支度を始める。水曜日にはランク戦を控えているので、対策と調整の為に個人戦で身体を動かそうと考えていた。
 来馬はソファに座って雑誌を眺めており、村上の言葉に「うん、わかった」と簡単に返事をする。が、ふと思いついたように顔を上げ、
「戻ってくるかい?」
 と尋ねてきた。それに対して村上は「そうですね…」と暫し思案げな顔つきで目線を宙にやり、言葉を続ける。
「一応、終わったら顔は出しに戻ってきます。夕方過ぎになると思いますが」
「そうかい、わかった。気をつけてね」
 来馬は軽く頷いて、また雑誌に視線を戻す。
 そのまま出掛けようと扉の方へ歩き出したところで、今度は村上が何か思いついたような表情になり、来馬の方を振り返った。
「来馬先輩は、今日出掛けますか?」
「――えっ?」
 来馬は反射的に顔を上げて聞き直す。不意打ちをくらったような、随分と大仰な反応にも見えた。
「ん、うーんと、そうだなあ…。今のところは、特に予定はないかな…」
「そうですか」
 尋ねた村上の方に、さして深い意図があった訳ではなかった。わざわざ戻ってくるかどうか来馬が尋ねてきたという事は、出掛けて居なくなる時間帯でもあるのだろうか、と思ったのと、そうではないなら戻り時間を気にする必要はなさそうだ、程度に考えていたくらいである。
「それじゃ、行ってきます」と軽く会釈をして、村上は部屋を後にした。



 支部を出て少し歩いたところで、案外腹が空いている事に村上は気がついた。
 時間は正午を少し回っている。ちょうど昼飯時ではある頃合いだった。
 一旦支部に引き返すかとも思ったが、そうするにはやや距離のあるところまで歩いてきてしまっている。行き来するのも面倒に思えたので、そのまま途中で適当に済ませる事にしようと村上は歩きながら考えた。




 馴染みの蕎麦屋でざる蕎麦を掻っ込んだ後、村上はボーダー本部へ向かってまた歩き出した。
 鈴鳴支部の周辺は、ところどころに商店や店舗が立ち並び程よく人の行き交う街並みである。今日は休日という事もあってやや人通りも多く、親子連れの姿が目立ったり普段の平日とは違った賑やかさが見られた。
 その中を歩きながら、村上が何気なく、車道の向こう側へ目をやった時である。
(――あれ……?)
 ふと、その足取りが止まった。

 人の波の隙間から、思いもよらぬ人物の姿が見えた気がしたのである。
 もう一度、目を凝らしてその姿を確認し――やっぱりそうだ、と村上は驚きを伴い確信した。
 道の向こう側にいるのは、紛れもなく来馬だったのである。


 来馬はこの辺りでは大きめの雑貨店の前で、何やら落ち着かぬ様子で立っている。村上の方には気がついていない様子だった。
 出掛ける予定はないと言っていたが、と村上は僅かに訝しく思ったが、それ自体にさほどの引っ掛かりはなかった。予定が変わったのかもしれない。それよりも村上が気になったのは、来馬のその挙動である。
 時折きょろきょろと辺りを見回す来馬の様子は、何かを探しているようにも見える。勝手知ったる拠点の守備範囲であるこの界隈で道に迷うとは考えにくいし、この周辺に何か変わった事があったという話も聞いてはいない。
 事情は全くわからないが、何か困っているのなら手助けした方が良いのかもしれない。そう思って村上が、来馬の方へ向かおうと車道を渡れる場所を探し周囲を見渡していたら――
 ふと来馬の表情が変わり、安堵したような笑顔を見せる。その視線の先にいる人物の姿を認めて、村上は今度こそ驚きで全身が固まった。



 その人物は、今だった。
 間もなく来馬のそばへ小走りで駆け寄ってきた今に、来馬は片手を軽く上げて謝るような仕草で頭を下げる。今はそれに頭を振って見せ、互いに微笑み合いながら言葉を交わし合っていた。
 やがてそのまま、二人は雑貨店の中へと入っていく。
 その一連の流れを、村上は呆気にとられた様子で見つめていた。



   *   *   *   *   *



 ボーダー本部に赴いて個人戦を何度か済ませた村上だが、どうにも気持ちは晴れない。
 休憩がてら自動販売機で飲み物を購入し、そのまま脇のベンチに腰を下ろした。
――先ほど見かけた光景の衝撃が、完全に尾を引いている。
 出掛ける前に村上が来馬に尋ねた時の返答が、嘘とは言い切れないまでも何かごまかした物の言い方であった、という事がわかってしまったのも、少しばかり村上にはショックでもあったが。今振り返ってみると、ここ最近の来馬は確かにどこか様子がおかしかった――と気付き始めていた。
 何日か前にも、来馬と今が二人で話し込んでいたところに村上が顔を出して、途端に微妙な空気になってしまったのを思い出す。あれも今思うと来馬がどこかへ出掛けようと誘いかけていたような、そこで村上が現れ狼狽えたのは心情的に他者に聞かれては具合が悪かったからか――そういう視点で雑貨店の中へ入っていく二人の後ろ姿を思い浮かべると、ひとつの仮定が浮かび上がってきてしまう。
――やっぱり、二人はそういう関係なのだろうか。
 その考えに辿り着いて村上は――何故だかひどく胸が高鳴って、顔が火照ってくるような感覚に襲われた。自分の事でもないのに、考えていると自分の方が恥ずかしくなってきてしまう。
 あの二人が仮に想像している通りの関係だったとして、それ自体に村上が含むところは何もない。来馬が心優しく人間の出来た人物である事は村上も胸を張って断言出来るし、今もしっかり者で気配りの良く出来る女性である。二人が特別な関係になったとしてもとても似合いだと思うし、素直に喜ばしい事だと村上は思う。
 しかし、それは別として――当面の間あの二人とどう接していけば良いのだろう、との思いが村上の頭を悩ませる。少なくとも現時点では、二人ともその事を隠そうとしている様子なのである。勿論切り出すにしても様々な事情やタイミングもあるだろうし、その事自体は構わないのだが――こちらが一方的に勘づいてしまったらしい立場について、村上は何とも言えぬ気まずさを感じていた。性格的にこういった状況で上手に立ち回るのは不得手でもある。
 それでも、二人の方から明らかにしてくるまでは、気付かないふりでいるのが一番良いのだろう。
 それは、わかっている。
 わかっているの、だが。


「鋼、来てたのか」
 村上が考えを巡らせながらため息をついたところで、声をかけてきた人物がいた。
 友人の荒船哲次である。彼もひと息つきにでも来た様子で、そのまま自動販売機に向かった。
 ガコン、と飲料が落ちてくる音がする。
「なんだ、辛気くさい顔してんな」
 買ったペットボトルのお茶をひと口飲んで、荒船が村上の顔つきに気付いて言う。遠慮のない物言いだが、村上の様子がいつもと違うのを見てとっての発言である事は、村上も日頃の付き合いでわかっていた。
 とは言え、説明をしようにも自分の中でも考えがまとまっていない状態である。村上が頷くでも唸るでもない曖昧な反応を返すと、荒船は村上の横にどかりと腰を下ろしてきた。
「なんかまた、ひとりで考えこんでんじゃねえだろな」
 村上の顔を眺めながら、荒船が引き続き様子を窺ってくる。本格的に話を聞き出そうとする姿勢に見えた。
 言葉は荒っぽいが、本心は村上を心配しての事だろう。気持ちはとてもありがたく思うが、同時にこれは適当にはぐらかそうとしても納得しないだろうな、とも村上は感じる。
 実は、と口を開きかけて、村上ははたと考えを巡らせた。
 ここまで村上が想像をしてきた事は、全て推測の域を出ていない。おまけにそれは人間関係のかなりデリケートな方向性の話で、村上自身は言ってしまえば部外者と言って良い立場でもある。
 下手に口を滑らせてしまう事で、妙な噂が広まり二人に迷惑をかけてしまうのではないか、との懸念が村上の中に浮かんできた。荒船はこういった話をやたらと人に言いふらすような男ではないが、一旦言葉にして外に発した話というのは、どこをどうやってひとり歩きしていくかわかったものではないのである。
 やはり、真相が明らかになるまでは慎重にならなければならない。村上はそう考えて、咄嗟に頭を振り絞って出来るだけ抽象的に話を進めようとした。
「荒船はさ、その…隊の人達に、割となんでも話したりするか?」
「ん?」
 荒船は一瞬目を見開いて言葉を受け止め、その意図を図りかねたように尋ね返してくる。
「なんでもって、例えばなんだよ?」
「ええと……」
 そこでまた村上は言葉に困る。核心に近づかないように自分の抱く悩みを表現しようとしたが、却って要領を得なくて余計な手間がかかりそうだった。どうもこういう頭の使い方は苦手だ、と痛感しながら、村上は思い切ってもう少し直接的な表現を使う。
「例えば……彼女が出来たとか」
「は!?」
「例えば、例えばだよ」
 案の定、驚きを隠さない荒船の反応に村上はあわてて念を押したが、荒船にとってはかなり思いもよらぬ方向の話題であったらしい。いつになく動揺した様子で「いやー…」と絞り出すように返答をしてくる。
「それは……言いにくいな」
「……やっぱり」
 もっともだなと感じる。来馬達ももしそうならば、同じような思いでいるのだろう事は想像に難くなかった。
「隠す気はねえけど、言い出すにもきっかけってもんがな…。自分から言うとなると、照れくさいし自慢くさい気もするし」
 いやしかし黙ってんのもなんかなあ…と段々ぶつぶつ呟くような口調になりながら、荒船は腕を組んで唸り込んでしまった。根が真面目で気の良い男なのである。村上は却って申し訳ない気持ちにすらなってきた。
「…隊員の人が、なんかそういう雰囲気あったら…どうする」
 あんまり真剣に悩まれると心苦しいので、もう少し答えやすそうな具体的な話にそろりと方向転換を試みる。
「あー、それなら…」荒船はその様子を思い描くように顔を上げると、
「隊のやつらなら、イジるなー。どうにかして白状させてやる」
 不敵な笑みを浮かべて、何だか面白そうに言ってきた。
 そういえばそうだった――その様子を見て、村上は思い当たる。同い年の友人である荒船だが、その気性は村上とはだいぶ違っていた。人付き合いにおいて必要以上に気を遣うような事はなく、己の言いたい事も割とはっきり言ってのける。荒船であれば、確かに真正面から話を聞き出そうとするように思えた。
――そう考えると、今村上が抱えているような悩みは、荒船に言わせれば答えは決まっているようなものなのかもしれない。
「――ああ、そうか。そうだな……つまり、そういう事なんだろうな」
 ふと、荒船がひとり合点した調子で、静かに語り始めた。
「結局、隊の連中とはあれだけ一緒に過ごしてんだから――隠し事なんてするもしないも、その内どっかで何となくわかってくるんだろうな。お互いに」
 ひと息置いて、しみじみとした口調で続ける。
「なんつうか、身内みたいなもんだからなあ」


 そのひと言が、村上の心を鈍く突いてきた。
 胸の中でもやもやとわだかまっていた感情から、その中核を成している部分を引きずり出されたような。そこが重みを纏って、徐々に心の奥底に沈んでいくような感覚を覚える。
 悶々としていた気持ちの、中心にある感情がわかったような気がしてきた。


 村上も同じように――鈴鳴の仲間達の事を『身内』のように感じているのである。
 おこがましい言い方をすれば、家族に近い感覚と言っても良いかもしれない。それ故に、隠し事が全くないとまでは言わないが、お互いに大抵の事はわかっている、また何でも語り合えるような間柄だと思っていた。
 それが、今、村上にとってわからない世界が、あの二人の間にあるのかもしれない。そう思うと何だか――さみしいな、と感じている事に、村上は気付いてきた。
 言いづらいのはわかる。まだ言える段階でないのかもしれないとも考える。何もかも教えてほしいと思っている訳ではない。
 それでも、さみしい、と思ってしまうのだった。



 抱えている悩みの根源となっている感情に、こうして気がついた村上だったが。
 それで気持ちが晴れるどころか、寧ろ重く沈んでいくのを感じ取っていた。
――なんて、子供っぽい感情だろう。
 要するに、自分の思った通りにならなくて拗ねている子供のようではないか、と思う。
 こんなにも自分は、幼稚で自己中心的な人間だったのか。村上は軽い自己嫌悪に襲われていた。
 深く、大きなため息をつく。


 その様子を、荒船が横目でちらりと窺っていた。
「――なにおまえ、彼女出来たの?」
「えっ、いや」
 考えこんでいるところに不意打ちで、単刀直入な質問をぶつけられ。村上は咄嗟に、否定する言葉に力を込める。
「違うんだ、オレじゃない。オレじゃなくて」
「オレじゃなくて?」
「……その」
 動揺のあまり、危うく口を割ってしまいそうになった。すんでのところで村上は言葉を止め、口を真一文字に結んで視線を落とし、それ以上の失言を防ごうとする。
 ははあ、と荒船は何か察しがついたような、しかしまだ全てを把握してはいないような調子で呟き、俯き加減の村上の横顔をじっと見つめる。やがてきっぱりとした口調で言ってきた。
「ま、なんか気になってる事があるんなら、ハッキリ聞いてみるしかねえだろ」
 やっぱりな、と村上は内心独り言ちる。何とも荒船らしい率直な結論である。それが出来るなら悩みはしないという話なのだが、これ以上の助言はない事も十分すぎるほどにわかっていた。
「けどなんとなく、おまえの考えすぎのような気もするけどな」
 荒船はふと思いついたようにして、言葉を続ける。
「――隊長の立場から言わせてもらうと。自分本位な理由で変な隠し事をして、仲間に不信感を抱かせるというのは、好ましくない振る舞いだと思うが」
「いや、来馬先輩はそういう人じゃない」
「俺もそう思う。だから、なんか事情があるんだろ」
 即座に反論してきた村上の心情を汲み取るようにして、荒船は己の考えを述べてみせた。
 悩みの理由が来馬にある事をばらしてしまった気がする、事に気付いて村上は思わず荒船の顔を見つめたが、荒船はそ知らぬ調子で続ける。
「ま、思い切ってぶつかってみろ」
 言って、気合を入れるような掛け声とともに村上の背中を強く叩く。村上は返事代わりに、また短くため息をついた。



   *   *   *   *   *



 村上が鈴鳴支部へ戻った頃には、日はもうだいぶ沈みかけていた。
 本音を言うと今日来馬と顔を合わせるのはやはり気が重いのだが、戻ると言った手前顔は出しておかないといけない。支部の建物の中に入って、部屋の扉を開ける。
「あ、鋼。おかえり」
 中で出迎えたのはソファに座った来馬と――その向かいに今も座っていた。
――気まずいな。と、村上は正直な思いを抱く。せめてどちらかひとりだったら、いっそ意を決して昼間の事を尋ねてみようかと思っていたのだが。
「そうそう、今ちゃんも今日暇してたみたいでね。鋼が出て行った後、こっちに来たんだよ」
 知っていますとは言えない。自分の中の複雑な感情を出来るだけ気取られないよう注意を払いながら、村上は手短に「おつかれ」とだけ言ってみせた。
 とりあえずと村上もソファに腰を下ろしたかどうかというあたりで、もうひとつ足音が響いてくる。
 ばたばたと大きな音を立てながら、扉の向こうから「おつかれさまでーす!」と元気な声が聞こえてきた。太一の声だ。非番の日だというのに、こうも皆が勢揃いするのは珍しい。
「どうでしたかー?今日はー?」
 扉が開くのとほぼ同時に、太一の溌剌とした笑顔と陽気な声が飛び込んできた。


 その発言を耳にして――来馬と今の表情に、さっと動揺が走る。
 今が小声で鋭く「ちょっ…!太一!」と呟いたのが聞こえた。
「…あ!鋼さん…」
 ここで初めて、太一が村上の存在に気がついた様子を見せる。みるみる内にその顔がこわばり、部屋に漂う張り詰めた空気を吸収していくように、じわじわと焦りの色を滲ませていった。
 その様子を見て、村上は――これまでで一番、今日一日の流れの中で一番の、頭を殴られたような強い衝撃に襲われた。



――太一まで、知っていたのか。
 脳で受けた衝撃の重みが心臓にまで下りてくる感覚を、村上は覚える。
 来馬と今が隠し事をしているようだ、とここまでは捉えていた。それは言ってみれば、単純にその二人に対して自分がどうするか、というだけの問題でもある。
 だが太一も知っている事だとなると、話は変わってくる。4人しかいないこのチームの中で、村上だけが何も事情を知らないでいるという形になるのだ。
――昼間荒船と話していた時に見つかった、己の心の中心にあったあの感情が、また村上の中にわき上がってきた。



「――どっか、行ってたんですか」
 ぽつりと、村上が言葉を落とす。
 返答はない。部屋の中には、沈黙とともに重苦しい空気が漂っていた。
 誰も何も答えようとしないのを察して、その上で村上は、ゆっくり証言するように続ける。
「オレ、昼間見かけたんですよ。二人が…待ち合わせて、雑貨屋に入っていくところ」
「あ……」
 来馬が思わず、といった風で言葉を漏らし、村上の方に顔を向ける。村上はその反応を静かに受け止めた。
 この気まずい空気に追い打ちをかけるであろう事は、特に来馬を間違いなく困らせてしまうだろう事は村上も承知していたが。それでももう、どうとでもなれ、と半ば投げやりな気持ちにすらなっていた。
 自分の中の鬱屈した感情を、もはや隠し切る体裁を整える事が出来ずにいる。
「――なんか、オレだけだったんですね。なにも…知らなかったの」
 村上はソファの上で膝を抱え、顔半分をその中に埋めてうなだれてしまった。


 そうしてしまってから、途端に猛烈な自己嫌悪感に襲われる。
 やってしまった、と村上に激しい後悔の念がわいてきた。完全に拗ねてへそを曲げた人間の態度である。
 太一も含めて、自分以外の皆が自分の知らない事情を知っていた事。それは確かに村上に、この上ないショックを与えたが。その上で彼らにこのやるせない思いをぶつけるのは、筋違いである事も村上にはわかっていた。
 荒船の言っていた通りなのである。結局は、自分の中で勝手に悶々と悩むくらいなら、はっきりとその疑問を当人に尋ねてみるのが一番なのだ。太一はきっとあの持ち前の大胆な素直さで、不思議に感じた時点で二人にその事を聞いてみたのだろう。そしてあの二人ならば、聞かれれば包み隠さず本当のところを話してくれるであろう事も察しがつく。訳もなくこそこそと秘密を作りたがるような人柄ではないのだ。
 そもそも自分が勘づいたのが遅かった、とも村上は思う。思い返せば二人の変化を思わせる点は随所で見られていたのだが、それを大して気にかけずに受け流してきたのは村上の方だったのである。
 今更自分の予想だにしない形で真相が明らかになったところで、己の鈍感さを棚に上げてこれ見よがしにいじけて見せるなど、全く子供じみている――…



「……もう、言っちゃっていいかなあ?今ちゃん…」
 息が詰まるような雰囲気の中で、突如沈黙が破られる。
「来馬先輩…」
「なんか、こうなっちゃうと……鋼がかわいそうで」
 ためらいがちにおずおずと、来馬が言った。
 声音に来馬の気遣いが滲んでいるように感じ取り、村上は俯き加減のまま、視線だけをちらりと来馬の方にやる。目に入ってきた表情もまた、心底村上に対して申し訳ない思いを抱いているのが見て取れた。
 人の良い来馬を、自分の感情に任せた浅はかな行為で困らせてしまった。村上はますます居心地の悪い思いに駆られて、再び視線を落とす。
 来馬の提案に今は暫し沈黙を置いた後、静かに「……そうですね」とひと言返し。来馬はそれに小さくうん、と頷いてから、すくりとソファから立ち上がった。
「鋼、ちょっと待ってて」
 言ってから来馬は歩き出し、別室へと姿を消す。がさごそ、と、何か物が擦れるような音が扉越しに聞こえる。
 程なくして、来馬が再び姿を現した。
 その腕の中に、来馬の顔も隠しかけるくらいの大きな包みが抱えられている。
 そのまま来馬は歩き出し――今度は自分の座っていた場所に戻るのではなく、村上の方へと向かっていった。
 ふと、僅かに顔を上げた村上の前で、来馬は目線を合わせるように屈んでみせ。抱えていた包みを、そっと村上に向かって差し出す。




「――お誕生日、おめでとう。鋼」





 一瞬、何が起こっているのか飲み込めなかった。
 目の前にいる来馬の控えめな笑顔、それに他の二人の――ややばつが悪そうにしながらも口元をほころばせている今と、対照的に満面の笑みで村上を見つめている太一と。
 それぞれを順繰りに見やって、やがて、村上がゆっくり口を開く。
「……誕生日?」
 彼の驚きを如実に表す、素っ頓狂な声音であった。
「…まだ、ちょっと先の話なんだけどね……」
 今が複雑そうな笑顔のままに言う。少し照れたようにしながらも、村上に対しての申し訳なさが先に立ったような、そんな表情だった。
 また来馬に視線を戻すと、こちらもきまりが悪そうに微笑みながら、優しい口調で説明を始める。
「いつも、鋼はがんばってくれてて、世話になってばかりだなあと感じていたから…。もうすぐ誕生日が来るし、感謝の気持ちも込めてみんなでお祝いしたいなって話になってね」
「で!せっかくだからサプライズプレゼントしておどろかせましょーよ!って話になったんですよねー!」
 威勢よく後を引き継いだのは、太一だった。
 そろり、と村上は手を伸ばす。目の前に差し出されている大きな包みをそっと掴んで――来馬が静かに手を離すと、ふわりとその重みが村上の掌中に移る。
 大きいけれどふんわりと軽く、やわらかく。――3人の真心がそこに表れているようだった。



「いやー、だけどもうちょっとでサプライズ成功!だったのになー。惜しい」
 太一が引き続き軽い調子で、悪びれる風もなく本音を口にする。頭の後ろで手を組みながら、残念そうに口を尖らせた。
 今がその様子を見咎めて「ちょっと…」と太一を軽く睨めつける。
「…太一がそれ言うわけ?まったくもう…」
 呆れたような今の声音には、若干のうらめしさも込められていた。
「今日だって用意はこっちでやっておくから、無理して顔出さなくてもいいわよって言ったのに…」
「うっ、だけど…プレゼント選ぶのも買い物も今先輩と来馬先輩に任せっきりになっちゃったから、なんか手伝える事ないかなって思って…」
「まあまあ、その気持ちが嬉しいよ、太一。今日だって急に思いついて呼び出したのはこっちだし、都合がつかなかったのは仕方ないよね」
 今につつかれて途端に身を竦める太一を、来馬が優しく慰める。しょげ返っている太一は気の毒に見えるが、確かに村上が不審に感じた場面のいずれかにでも太一がいれば、少なくともあらぬ方向への誤解は避けられていたかもしれない――その間の悪さもまた、太一らしいと言えばらしいのだが。
「けど、まあ、なんだか――これはこれで良かったかな、とも思うよ」
 来馬がふと、遠慮がちに言う。
 3人それぞれからの視線を集めた事に気付いた来馬は、気恥ずかしげに頭をかきながら言葉を続けた。
「――正直言うと、ちょっと気が楽になった、気もしててね。やっぱり、鋼に隠し事をしているのは…なんだか気が引けたから」
 はにかむような笑顔を見せる。来馬のその様子を見て、3人も釣られたように口元に笑みがこぼれた。今がその心情を引き継ぐように言う。
「……そうですね。やっぱり、慣れない事はするものじゃないのかも」
「いやーでも、来馬先輩はやっぱりマジメなんですねー」
 太一だけが、場の空気をお構いなしにずけりと思いのまま口にした。
 今がまた物言いたげに太一の方に顔を向けたが、来馬が「いやあ…」とゆったり口を開き始める。
「こういうサプライズ計画は、決して嫌いじゃないんだけどさ。ただ、なんて言うのか――」
 一旦言葉を切って、続きを探すように来馬は暫し視線を宙にやりながら。やがてまた照れたように微笑んで、言った。
「……ちょっと大げさになるけど、ここって…なんだか『家族』みたいな気分になるからさ。家族に隠し事をするのって、やっぱり難しいや」



――その言葉が、村上の心にしみ込んでくる。
 これまでの最近の来馬の様子を、もう一度改めて思い起こしてみた。
 落ち着きがなくそわそわとして、村上と接していた来馬を思い返す。その時はそれがよそよそしく思え、距離を感じてさみしい思いを抱いた訳であったが。
 自分がそう思い悩んでいたように来馬もまた、祝い事の計画の為とはいえ仲間に対して隠したりごまかしたりする事について、引け目を感じて悩んでいたのだな、と思うと。
――いかにも、来馬先輩らしいな。と、しみじみと感じる。
 そう、感じていると。



「ぶっ……」
 何だか、笑いが込み上げてくる。
 膝を抱えた状態のまま、今度は笑いを堪える為に、村上は再び顔を埋め始めた。くっくっと笑い声は口元から漏れ、身体も小刻みに震えている。
 3人が戸惑い混じりに村上の様子を窺っている気配を、何となく察知して。村上は、
「いや、なんか…」
 と言いながら顔を上げる。すっかり破顔した、晴れやかな表情になっていた。
「おかしいな…って、思って、は、いたんですよね…」
 言葉に笑い声の弾むような調子が混ざる。来馬は更に恥ずかしそうに苦笑いをした。
「うーん、やっぱり鋼には見抜かれてたか」
「いや、何を隠してるのか、まではわかりませんでしたけど――というか」
 村上はその晴れ晴れとした気分のままに、するりと言葉を滑らせる。
「そこに関しては、ちょっとオレは変な誤解をしてました」
「え、ねえなによ、変な誤解って」
 今が村上の言葉を鋭く聞き咎めて、たちどころに問いかけてくる。「それは…」と言いかけて村上は――今のあまりに狼狽えた様子が、ふと、おかしく思えて、
「――いいや。教えない」
 悪戯っぽく笑って、返してみせた。
「やだ、なによそれー!気になるじゃない」
「ちょっと…やり返してみたくなった」
「うっ…」
 村上が更に軽妙に返すのに、今がぐっと言葉を詰まらせる。事の後ろめたさに付け入るようで、ちょっと気の毒にも思えたが――ごくごくたまには、このくらいからかうのも許してもらおうと思う。
「まあまあ、とにかく、こんな騒ぎになっちゃって鋼には申し訳ない事をしたけど――」
 来馬がいつもの、人を安心させる穏やかな口調で場をまとめ始め。村上の方を向いて、言葉をかける。
「改めて――鋼、お誕生日おめでとう。これからも、よろしくね」


「――はい。こちらこそ」
 村上も、また、心からの笑顔で返した。
「本当に、ありがとうございます」




 太一にせっつかれて、村上はその場でプレゼントの中身を開けてみる。中から出てきたのは、肌触りが良くふかふかと柔らかなクッションだった。
「おー、これですね!今先輩が選んだ、人をダメにするクッションってやつ!」
「ちょっと…言い方…!」
 どこまでも無遠慮な物言いをする太一に、今がまた聞き捨てならないといった調子で窘めてくる。
 来馬が補足するところによると、肌に触れる部分の素材や身体を預けた時の反発力がとてもこだわって作られているらしく。あまりに心地良い為に起き上がりたくなくなってしまう――というのが、転じて「人をダメにする」とまで呼ばれる所以になったそうである。
「鋼くんは、短い時間で寝起きする機会が多いからね。その時に少しでも快適な方が良いかな、って思ったの」
 今が柔らかく微笑んで言う。自分で選んだ理由の解説をする事には照れもあるようだが、同時に少し誇らしそうでもあった。
「こういうところに気がつくのは、さすが今ちゃんだよなあ」
 来馬が心から感心した口調で話す。太一も続けて、
「ですよね!鋼さんならこいつに負けるなんてありえないって、信頼しての事ですから!」
 と、また良くわからない褒め方をした。その表現じゃ、また今が内心穏やかじゃないだろうな――と村上は苦笑しながら、腕に抱いているクッションをそっと、触ってみる。
 クッションとの勝ち負けはともかく。皆が村上の事を思いやって、役に立つ物を気に入る物をと考えてくれていた事。村上の誕生日を祝う為に、それぞれが心を砕いてくれた事――。それが何よりも、村上の心をあたたかくしている。
「ありがとう」ともう一度、村上は心を込めて口にした。






 成り行きから大いに誤解交じりの悩みを聞かせる事となってしまった荒船には、後日事の顛末を説明した。
 ほらみろ、と軽く小突かれたが、その口ぶりは明るく優しさを含んでいる。
「――ほんと、鈴鳴第一ってのはいいとこだな」
「…うん、いいとこだよ」
 村上は静かに、噛み締めるようにして言った。
 荒船がついでだ、と言って、個人戦で勝ったら飯のひとつも奢ってやろうという話になる。村上は喜んで受けて立ち、並んでブースへと歩いていった。
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歴史とか少年ジャンプとか読書とか音楽とかが大好きなオタクです。
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